目的達成のための戦略立案手法 (PDPC:Process Decision Program Chart)
  オペレーションズ・リサーチ/近藤次郎著より  HOME 技術資料室  技術用語
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 不確定な状況下での一運の決定について、状況に応じて適切な対策をたて最終的には目標を達成することが望ましい。しかし、不確定の要素が多すぎると往々にして対策の立案が遅れ、後手にまわり、結局は無方針で最悪の結末に引き込まれる結果になることがある。  

 これには最初から長期的見通しに立ち、目標を見定め、方針を確立して事態を好ましい方向に誘導することが望まれる。このときもちろん相手がどのような対策を打ち出してくるか、世論や社会的環境がどのように変化しそれが決定にいかに影響するか、などは不明であって、こちらが望む方向に事が運ばないことも多い。

 また、途中の経過はきわめて不確定で、そのうえいろいろなケースがありえて想像を超えるときでも、それらを無視して最終の状態を想定してみると比較的単純で勝ちか負けか、成功か失敗か、ということになる。

 そこで現時点すなわち現在の状態から、いちばん好ましい結果に至るまでの一連の過程を考え、それを図示する。途中の目ぼしい状態を丸で囲み、これを太線でつなぐのである。つぎにこの軌道から外れる場合を考え、その状態を丸で囲み、その状態から元の軌道に戻る対策を考えておく。このような過程は細線で結んでおく。このとき、いくつかの状態を経て元の状態に戻るため閉じた過程経路が描かれることもある。これはいわゆる堂々巡り、泥沼または膠着状態を表わしている。 このようにすると、丸で囲んだいくつかの状態とその間の推移を表わす線(または矢)からできた図ができる。この図を過程決定計画図(Process Decision Program Chart)と呼ぶ。簡単にPDPCという。

 PDPCは、最初からあらゆる経過を想定しているのではない。相手の出方や環境の変化を当初からすべて想定することは無理でもあり、また無駄になることも多い。したがって、現実にはPDPCに描かれていないような事態が生ずることもある。そのときには、その状態を出発点として急いで最終目標に達するPDPCを修正する必要がある。大きな事業を達成する場合や、困難な交渉をするときには、予想外の環境の変化や相手の出方のためにPDPCを作り直さなければならないことがしばしばおこる。しかしそのうちには環境変化の法則や相手の反応の様式を学習することができるから、しだいに適確なチャートが描けるようになる。

 PDPCはこのようにきわめて不確定の状況下で作成されるものであるから、あまり細かくする必要はない。考慮する状態の数が15〜30程度のもので十分で、細かい局面が必要ならその計画にはまた別のチャートを用意するほうがよい。状態と状態との間を結ぶ線は、それぞれ当方または相手方の対策による反応を表わしている。特別に必要のない場合には線に相当する対策を図中に書き入れる必要はない。

 以下の例に示すように、PDPCには決まった様式が存在するわけではない。いろいろな形式のものがありうる。
大切なことは、出発(企画・立案)の時点において終局の事態を見通して、いろいろな状況や対策が考慮されているということである。

 PDPCは立案者の意図や決意を表わしている。そのため主観的である。これは関係者の討議によって修正される場合もありうる。しかし多くの場合に、問題の重要性から事前に公開されて大勢で論議されるようなことは少ない。PDPCは責任者の強い意志の入ったものであって、客観的に事態の推移を見守るというような傍観者の立場で作成したものでないのが特色である。

[例1]ジェミニ宇宙航行のPDPC
 図7.3はアメリカのNASA(航空宇宙局)がアポロ計画に先立って打ち上げていたジェミニ衛星の打上げから回収にいたるまでの全過程を図で示したものである。このすべてがうまく運ばないと打上げが成功とはいえないが、途中で故障して失敗する場合がいろいろありうる。  そこでこの全体の過程から外れる場合を考えてそのあらゆる可能性に対して対策をたてておくことがこの衛星計画の信頼性を向上するうえで必要である。また、この過程が進行する確率を増しておくことが必要である。

 ジェミニ衛星は2人乗りである。そこで緊急の際の救助対策も講じておく必要がある。図には第1段ロケットの点火後に宇宙飛行士を緊急に救出する方法を図示してある。これは絵で示したPDPCである。この場合には現象が時間の順序で示されていて、さかのぼることは起こらない。図7.3 はT+4秒として打ち上げ後、TR-30として再突入前30秒を示している。

[例2] ハイジャック事件のPDPC
 午後3時羽田発台北行き旅客機内で、ハイジャック事件が起きたという緊急連絡を受けた。現在時刻は4時、飛行機は四国足摺岬と宮崎県都井岬との中間にある。乗員は7名(内スチュワーデスは3名で1名は中国人である)。乗客は80人で日本人50人のうち40人は某電機メーカーの招待客である。外国人30人中外交官が2名でそのうちの1人は南米、他はカナダ人である。ハイジャックの犯人の国籍は不明であるが、中国への飛行を要求しているという情報がある。処置および対策はどうすれぱよいかをOR的に考えてみよう。

 ハイジャック発生の第一報を受けた瞬間にある程度先を見越した対策をたてることが必要である。この解答は、主体が航空会杜か航空局(政府)かが明らかではないが、直ちに関係方面に要請の手はずを整えたうえで、事態の推移を見守る必要がある。

 つぎつぎに新しい状況が起こるが、そのつどPDPCを作成する。この図には失敗のケースが書かれていないが、このケースから外れないようにすればよいのである。

 この間題は日中国交回復より以前に出題した。そこで現時点で考えるとこのままでは多少実際の状況に適合しないところがある。この解答はまず方針を(1)人命尊重(旅客→乗務員→ハイジャック)、(2)国際関係、(3)損失最低(機体保全)として定め、次に最終の結果を見通してみると

  A:国内で問題解決
  B:国外で問題解決
  C:機体爆破
  D:機体・乗員危害、ハイジャック成功

の4通りが予想される。このうちAが最善でBが次善である。CとDとは最悪の場合である。そこでAを図の左下隅に書き、Bを右上隅に書いてそこに至るそれぞれの経過を図示している。

 事態がいろいろな経過をたどっても終局的にはAかBに収まるように努カして行けばよい。中国(当時は中共と呼んでいた)と国交を悪化させないという配慮が、日本と中国の双方に国交のあるカナダを通じて行なうように解かれている。このPDPCでは対策やハイジャックの反応などがはっきりと示されていてわかりやすい。

 実際にこのような事態が起こるとケース・バイ・ケースでこれとは違ったように事態が経過するかも知れない。1971年ミュンヘンのオリンピック村で起こった事件や1973年7月の日航404便爆破事件などはこの例題と事情も違うが事件の推移もすっかり違っていた。しかし大切なことは、事件発生の第一報で直ちにPDPCが作られるということである。そしてPDPCは現実に対応して刻々に書き替えて行けばよい。重要なことは、企画者が事態の推移に対して当初からある確かな展望を持っているということである。
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