品質管理は日本の心       HOME 技術資料室 技術用語
           (日経新聞 1986.10.31 守屋学治/三菱重工相談役)
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★ロスの戦闘機工場で学ぶ
 私は品質管理という言葉を聞くたびに、私と品質管理の出合いを思い出し、よくぞここまで、という感慨を禁じえない。

 現在のような品質管理手法がまだなかった昭和30年12月、三菱重工業名古屋製作所航空機部長だった私は、F86戦闘機の生産実習のため10人ばかりのスタッフと共にロスアンゼルスにあるノースアメリカンの工場を訪れた。設計から生産管理までそれぞれ専門に分かれていろいろなことを学んだが、その中でわれわれが最も驚いたのが新しい品質管理であった。

 当時、日本の品質管理は出来上がった製品をチェックし、悪いものはハネルという手法を用いていた。この方法だと生産工程の途中で入るミスを防ぐことができず、歩留りの向上と信頼性の高い製品の生産という点で大きなネックとなっていた。

 われわれがアメリカで見た品質管理は決められた機械設備を使い、決められた手順どおりに生産する方法であり、しかも品質管理に責任を負う管理者が途中でチェックする仕組みとなっていて、不良品の出る余地は全くない。その上、生産手順・手法はキチンと文書化されており、だれが生産しても高品質の製品ができるようになっていた。目からうろこの落ちる思いであった。品質検査に悩んでいたわれわれはこの手法を徹底的に学び、日本に持ち帰った。

 といって、この新しい品質管理をすぐに実行に移すことはできなかった。鉄の強度を出すために行う熱処理一つとってみても、解決しなければならない課題があった。キチンとした品質管理を行うためには炉内のどこを測っても決められた温度になっていなければならない。そんな炉は日本にはなかった。技術者を動員して、炉内の温度を常に一定に保つことのできる熱処理炉の開発から始めなければならなかった。

★設備改善から教育まで
 設備だけではない。航空機の製作工程では薄い鉄板を張り合わせるのに非常にたくさんの点溶接を用いる。あらかじめ機械を点検しておくことは言うまでもないが、温度や湿度が変化すると機械の性能が変わるので、毎朝作業前に数点のテストピースに試験溶接をし、それを試験機にかけて機械の性能を確認するという手順を決め、徹底させなければならなかった。

 基本に戻って一からやり直しである。設備の改善、手順の規則化、社員教育など、しなければならないことは山ほどあった。それにもう一つ、協力工場の協力が必要だった。発注元の当社がいかに立派な品質管理体制を敷いてみても、協力工場の品質管理がルーズであってはなんの意味もなさない。そこで協力会社の方々に品質管理が航空機生産にいかに大切であるかを説き、当社と同じ水準の品質管理体制をつくってもらった。

 私たちの努力が実って社内をはじめ協力工場の品質管理は徐々に向上し、われわれがアメリカで学んできたものと同じ水準に達するまでに、そう多くの時間はかからなかった。

 航空機産業で始まった品質管理は、自動車、電機、機械、などいろいろな産業に幅広く浸透してゆき、品質管理はそれぞれの業界で欠くことのできない生産技術となっていった。

★品質月間、昭和35年から
 品質管理を全国的に普及させようと、日本規格協会、日本科学技術連盟、日本商工会議所が主催団体となり、昭和35年から品質月間が始まった。民間主導で、しかもこれだけ長い間毎年の行事として実施している国は日本だけだという。
 毎年、標語、月間テーマを決めているが、それを記録でたどるだけでも、時代の流れがうかがえるようである。「世界に伸びよう品質で」は高度経済成長時代のものだ。石油ショックの後には「激動期を品質管理でのりきろう」「安定成長を品質管理で」など。80年代に入ると「極限への挑戦−品質管理」「品質管理で世界に貢献」などとなってくる。

 いま日本の工業技術は世界の最先端に位置するといっても過言ではない。終戦時のあの廃墟を思うとき、まさに今昔の感にたえない。われわれがアメリカから持ち帰った新しい品質管理が、今日の産業の繁栄にいささかの貢献をしたのではないかと心ひそかに思っている。

 一方、技術の進歩は半面、一つ間違うと大きな事故につながり、社会を大きな混乱におとしいいれる危険性のあることを指摘しておきたい。航空・宇宙の相次ぐ事故、さらに原子力発電所の事故など危惧してきたことが現実になっている側面もある。
 こうした事故は二度と起こしてはならない。そのためにはどうしたらよいのか。こう思い巡らすと、私の思考はやはり品質管理に戻ってきてしまう。

★魂込めた刀鍛冶の伝統
 日本には刀鍛冶という伝統産業がある。聞くところによると刀鍛冶は数日前から斎戒沐浴して身を清め、白装束に身を固め作業場の周りにはしめ縄をめぐらし、おごそかにお祓いを行った上で神に祈りながら刀を打ったという。 ここに私は日本の工業技術の原点を見る思いがする。日本人はもともと良い品質の物を作る、魂のこもった物を作るという心をもっている。

 日本には良い物を作るという土壌があり、そこにまかれたのがアメリカの品質管理という「種子」であったにすぎない。それを丹精して大きく育て、たわわに実らせたもの、それが日本の品質管理であり、世界に誇ることのできる技術といっていい。 日本の伝来の美風をまもり、さらに発展するよう努めることが必要ではないか。日本の心を大切にしたい。
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