Cフックの疲労破壊について        HOME 技術資料室 技術用語
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 鋼材用の吊具は重い荷重を繰返し吊る度に金属疲労が進み、使用頻度によって数年から数十年に亘って徐々に強度が低下してゆきます。吊具の強度が荷重による応力を下回った時点で突然破壊して重大事故につながる危険性を持っています。コイルセンターの歴史から見ても、そろそろ危険域に到達するCフックが出始める時期にさしかかっていると思われます。
 
 これを防ぐには、疲労後でも十分な強度を維持できるような設計と材質を選択したCフックを購入する必要がありますが、Cフックのように比較的簡単に製作できるものは、強度設計を充分に行わないまま製作・使用されている例が国内外でかなり多く見られ、非常に危険な状態です。
構造(形状と寸法)と使用材質がわかれば、これら吊具の形状からの安全性が診断できます。

 
1. 金属疲労と強度
 鋼材は繰り返し荷重を受け度に徐々に強度が低下してゆき、ほぼ 107 回くらいの繰り返し回数で強度の低下は止まり一定の強度になる性質があります。 この一定になった後の強度を「
疲労限度」と言います。 疲労限度は下記のような要因によって大幅にバラツキ、初期強度の 1/2〜1/10 に低下します。
@ 素材に内部欠陥や成分の偏析がある場合
A 溶接部分の熱歪が除去(歪取り焼鈍)されていない場合
B コーナー部に切り欠き疵等があった場合
 時々刻々低下してゆく実機の強度を測定することはできないので、鋼材の初期の強度及び実験室的に得られた疲労特性のデータから推定します。
 
2. 安全なCフックと危険なCフック
 右図の疲労特性を持つ鋼材で吊具を作った場合、最大荷重時の応力が "X" のレベルになるような設計をすると、この吊具は交点の回数 "Y" 回近くで疲労破壊する危険が出てきます。下の写真はこの場合に相当します。








 対策としては発生する応力が疲労限度以下になるように設計しておくと、疲労後でも破損せず使い続けることができます。
 鋼材自身の疲労限度は実験室的に得られる疲労特性から推定できますが、Cフックの製造上の不確定要素は、過去の疲労破壊事故等の経験から安全率を決める必要があります。

 
3. Cフック内部に発生する応力の解析
 Cフックに必要な強度を決定するには、荷重を掛けた場合にこのCフックに発生する最大応力を正確に把握することが必要です。それには下記の二通りの方法がありますが、精度の良さから今後有限要素法による設計が強く求められます。(「Cフックの強度解析方法」参照)

1)材料力学モデルによる方法
 図-2 に示すようにCフックを梁(柱)とみなして、コイル重量と吊具の自重によってこの梁に発生する応力を材料力学の公式を使って計算する方法ですが、上下の曲がり部の影響や、その曲率半径の影響などが計算に加味されないために、正確さに欠ける欠点があります。

最大応力σ=(曲げモーメントM/断面係数 Z)+重力による応力

2)有限要素法による方法(「FEM」参照)
 正確な応力分布を把握するためには、有限要素法 (Finite Element Method:FEM) で解析する必要があります。
 構造物を図-3(左)のような微小要素に分解し、それぞれの要素間の関係を数式化してコンピューター解析する方式で、 同図(右)のように全体の応力分布や最大応力値と発生箇所が精度良くわかるため、最適な設計が可能になります。(応力の大きさを色で表示)

 有限要素法は1950年代にボーイング社が飛行機の設計用に開発したもので、現在では機械や建築の設計にも CAD と共に広く使われています。
 
4. 必要な素材の強度
 発生する応力が前項で求められると、理論的にはそれ以上の疲労後の強度を持つ鋼材でCフックを作れば良いわけですが、鋼材の疲労特性は実験室で求められたデータであり、実機では色々なバラツキが入るため、安全率を見込む必要があります。

 安全率は@材料の材質強度バラツキ、A製作上の寸法精度や熱処理条件のバラツキ、B金属疲労による強度低下のバラツキ、などから来る危険度を見込む係数ですが、過去の色々な事故例から経験的に決めるしかありません。日本では初期強度に対して金属疲労による劣化も含めて「5」以上の安全率が必要と法規化されています。
 即ち、鋼材の初期の抗張力(TS)がCフックに発生する最大応力に対して5倍以上になっているかどうかが判断基準となります。

 ちなみに通常金属疲労が安定化する「疲労限度」は平均的に初期の抗張力(TS)の約40%(1/2.5)ですが、安全率はこの「疲労限度」に対して「2」程度を見込むのが一般的です。従って、初期強度に対しては 2.5×2=5 となり、日本の安全規則で決められている「5」以上という値と一致します。

5.
1)
診断例
寸法
 右図のような海外で比較的広く使用されているCフックの例を取り上げました。本体の板厚 50mm に対して、コーナー部は両サイドから厚さ 50mm の当板を溶接して補強してあります。
2)
前提条件
@最大荷重:20 ton (196,000 N)
A使用鋼材: JIS SS400 相当品 (初期 TS≧400 MPa)
B構造:本体の板厚 90 mm に対して、縦腕部は両サイドから厚さ 12 mm の当板を周辺溶接して補強してありますが、この溶接の条件や、溶接による残留熱歪をどのように処理されているかなどは不明なため、ここでは本体と補強板は一体構造とし、溶接の影響は無いものという前提で以下の検討を行いました。(溶接の影響は6項参照)
3) 発生する応力の解析
 以上の前提条件を元に有限要素法 (FEM) による解析を行うためにコンピューターに入力した形状と、要素分割図を右図に示します。
 20 ton のコイルを吊ったときに発生する応力分布は下図のようになり、最大応力は上下コーナー部内側で 195.55 MPa の応力が発生することがわかります。
4) 材料の強度(SS400)
 Cフックに使われている鋼材は SS400 が一般的で、初期の強度は抗張力(TS)が 400 MPa (41 kgf/mm2) 以上です。
 
5) 安全率の判定
 鋼材の初期抗張力に対する安全率は2.04しかないので、いずれ破断する危険性を持っています。安全率は「5」以上が必要です。
最大発生応力 a 初期抗張力 b 安全率 b/a 判  定
195.55 MPa 400 MPa 2.04 金属疲労でいずれ破損の危険があります
6) 考察
 このCフックが仮に 10,000 トン/月のコイルを処理し、平均コイル単重が 10 トンと前提すると、このCフックが吊る回数は月間 10,000 トン/ 10 トン= 1,000 回となり、年間では 12,000 回、 5 年で 60,000 回、10年で120,000回となります。
 鋼材のバラツキ及び製造条件のバラツキを考慮した疲労特性と、フックに発生する応力をイメージ化すると下図のようになります。5年程度の使用で色付けしたゾーンに入ると、疲労破壊の危険域になります。

参考 構造の影響

 このCフックに発生する応力は、右の応力分布図に表れている通り、場所によって大きくバラツイています。(色別の応力の大きさは下部スケールによる)
 このCフックはベースが平板構造になっており、発生応力が低い部分にも高い部分にも同じ板厚が当てられているため、必要な領域には板厚が不足し、不要なところでは過剰な板厚が付けられています。
 特に最も発生応力が高くなるコーナー部内側の板厚がアームの中央部と同じ板厚になっているため、ここに大きな応力が発生してしまいます。
 発生する応力を平準化するには、応力分布に応じた断面構造にして鋼材の最適配分を行うことが必要で、最大応力も低く押さえることができます。

 下図に示すように応力が高くなる内外層に充分な肉厚を持たせておけば、それ以外の応力が低い部分は薄くして軽くすることができます。つまりH型の断面が適しており、建築や構造物にH型鋼が広く使われているのは、これと同じ考えからきています。
 下図は今までに弊社が診断したCフックの安全率をグラフにしたものですが、安全率を法定の「5」以上確保するには、断面形状が H型()でないと難しく、平板型()では強度の確保が困難であることを示しています。

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